ユスリカができるまで(1)ーかきぞめー 5月下旬


このブログは、5月の下旬に半分ぐらい書いてあったものに、書き足したものです。つまりそのあたりで「かきぞめ」しました。


どうも、こんにちは。川名です。

さて、発表になりました、東京夜光の次回公演「ユスリカ」。新作をつくりますよ。8月28日から9月1日まで公演します。


本番まで約2ヶ月ちょっとということで、公演をより楽しんでいただくために、もしくはご興味持っていただくために、「ユスリカ」ができるまでをこの避難所に書いていこうと思っています。


もっと、いまどきの、例えば動画とか、もろもろ、何もブログじゃなくてもいいだろう、と思うものの、でも自分で言うのもなんですが、表に立ってしゃべるのが苦手というか、きっとお見苦しいことになる気がして、なので、落ち着いて、このブログに書いていくのが自分としてもしっくりくるかな、なんて思いまして。

でも、ご期待は禁物、本当にここは、しゃべりたくなったときの避難所なので、しゃべりたいことを、きっとだらだら漏れるようにしゃべるだけです。それが、皆さんのご興味につながれば嬉しいのですが。。。


さて、「かきぞめ」。

前回のブログに、「ユスリカ」とのこれまでを、ごちゃごちゃに書いてました、僕。読み返しましたが、すごく気持ち悪い。兄弟たちは、どう思うのやら、ごめんなさい。

なので、今回は、ちょっとだけ整理して、戯曲の「かきぞめ」のことを書いていこうと思います。千差万別だと思うんです。書き方って。これはあくまで僕の、しかも最近の感じですよ。


最近なんです。書くのに、資料を読み始めたのは。それも多分、本格的にやり始めたのは、東京夜光を始めてからだと思います。

僕、東京夜光を始める前に、ヤコウバスという劇団を大学の仲間たちとやっていました。5、6作品やりまして、そのときは、ほとんど資料読まなかった。参考にする戯曲は読んでましたけど。でもなんていうの、インスピレーション?みたいなものを信じてやってました。


私ごとですけど、野田秀樹さんが好きで演劇を始めて、大学でシェイクスピアで育ち、横内謙介さんの元で勉強して、そこから演出助手でいろんなジャンルの演劇に触れて今、という、まぁなんでしょう、ごちゃごちゃな経歴というか、頭の中が、人種のサラダボウルならぬ、演劇のサラダボウル状態でして。で、今、冷静に振り返ってみればですね、ヤコウバスという劇団は、野田秀樹さんの作品を真似た雰囲気で、シェイクスピアさんを真似た王道展開の、横内謙介さんを真似たセリフまわし。模倣から始まるとは言え、です。でも楽しかった。楽しかったけど、

「お前のつくるものはぬるい野田秀樹」

と散々、師にバカにされまして、まぁいまだったらなんとなくわかるけど、当時としては、なぜ私の才能が理解されないのだ!と、ぐちゃぐちゃ思い悩んで、これはもう、なにかきっかけがあったとかではなく、単純に年月が解決してくれたといいますか、それで今の口語に近いスタイルになりました。でもその日々が無駄だったことは絶対になく、書き始めたころに、「つまらないものを最初にどれだけ我慢して書くか」みたいなことを言われて、なので我慢して書いてました。いや、面白くなかったわけじゃない!まだ言ってる笑


今の書き方が、好きかどうかは別として、とっても身体に合ってる、そんな気がしてます。試行錯誤は日々ありますが。


あんまり種明かしするのは好きじゃないけど、そんな大したことしてないし、これで興味を持っていただけることを祈って、僕の「かきぞめ」についてお話しますよ。


「あ、この感じ、なんだろう」

たしかに最初は、インスピレーションみたいなものかもしれませんね。ユスリカ、で言うと、「仲がそんなによくなかった妹の結婚式でめちゃくちゃ感動してしまった」ときなんですけど、この感情、なんだろ、知りたい、芝居にできんじゃないか、となるわけです。多分僕の芝居への原動力は、知りたい、と思うことな気がします。まぁ、でも、それを芝居にしたいと思う心の動線は職業病な気もしますね。

で、その時の感覚を頼りに、自分を省みたり、資料を漁ったり、話を聞きに行ったりするわけです。なにも決めずに。とにかく雑多に。その、知りたい感情のピースになりそうなもの、自分に引っかかったものを拾っていきます。あとで、結局全く関係なかった、となっても、とにかく漁ります。このときは、なるべくフィルターかけない。


馬鹿みたいにやっていると、コップから水が溢れ出します。溢れ出したときにはじめて、あの感情を知るには、どんな話にしたらいいんだろう、と、溢れ出てきたものを、自分というフィルターにかけて、構築していきます。

正直なところ、ここが一番しんどい。書くときよりも、よっぽど。時間も多分、書くときよりかかります。そういえば、妹の結婚式って、かれこれ3年近く前だから、もうそんなです。


スポーツみたいです。心と身体を整えて、身体に押し込めたいっぱいいっぱいの思想を、暴走しそうなのをギリギリで食い止めながら、慎重に、繊細に、つくっては壊しを繰り返す。気をぬくと、平気で体が持っていかれるというか、感覚がひどく偏ってしまうので、それを抑えながらやっていきます。これにはきっと、書く人それぞれ意見があるように思います。偏ってても、引っ張られるだけ引っ張られた方が面白い、という人もいるでしょうし。ただ、もちろん僕も何度か試しましたが、少なくとも僕の体には合わなかっただけで。あ、でも、東京夜光の旗揚げの、「裸足の思い出」という作品は、赴くままに引っ張られて書いたに近かったですね。それはそれで、大切な財産です。


そもそも、知りたい、と思う時点で、冷静に考えれば「そんなの分かるわけないじゃん」「答えなんてあるはずないじゃん」「人それぞれじゃん」と簡単に言い切ってしまえることなことです。そんなものに、なぜこんなに労力を割いているんだろう。時々落ち込みます笑。でも、それを、人によっては「しーらないっ」って逃げ出してみたり、何か答えを自分なりにこぎつけて枠にはめ気持ちを保ってみたり、思い悩んで過剰な自己批判になったりするわけで、そこが一番面白いというか。だからこそ、書く上で、割と簡単に引っ張られます。あっ、いけないいけないってなる。体と心を整えて、どっぷりはまっても、いつでもそこから抜け出して上から見れるように、集中力を切らさず感覚を保ちながら、少しずつ、話の流れや登場人物が浮き上がってくる。


こんな感じで書いているので、使い古されたネタというか、いろんな人が言ってますけど、「テーマはなんですか?」って、いや、テーマなどないっす、と僕も心の中では思ってます。なんでしょう、題材というか、材料はあるけど。何風ですか?と聞かれても、一応ハンバーグ作ろうとは思ってるんですけど、スペイン風かなぁ、いやロシア風になるかもしれない、でも和風ってのもありですね、え、そもそも何風かって大事?となってしまう。ちょっとずれてるかな、でもそんな感覚。こんな材料を使って、ハンバーグ作ろうと思ってます、じゃ、ダメですかねぇ。。。

あ、だんだん話が抽象的になってきてしまいました。


あくまで僕の場合はですが、そんなこんな、すったもんだを繰り返し、ようやく「かきぞめ」というか、セリフを書き始めるわけです。


なんでこんな面倒なことしてんだろ。

「その感情を知りたいから」

と最近は、自分なりにこぎつけて枠にはめ気持ちを保ってます。


さ、しのごの言ってないで書こう。多分、しのごの言いたくなったから、ここに描き始めたんでしょうけど。読み返してみてますが、醜態を晒してる。おそらくこのブログを、僕はいつか綺麗さっぱり消してしまうような気がします。こんなものでも、ご興味持っていただけたら嬉しいですが。


8月28日から9月1日まで小劇場楽園にて、

東京夜光「ユスリカ」

ぜひいらしてください。お待ちしてます。


ではでは。

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