しゃべりたくてしょうがないとき





東京夜光と川名幸宏のブログを始めてみます。


ほとんど、僕、川名幸宏が日記のようなものを書くだけになるんじゃないかと思います。

というのも、今まで、散々、これは本当に散々、SNSやブログのアカウントを作っては消し、作っては消し、を繰り返してきました。

ブログは3回、Twitterも確か3回、インスタも消し、闇に葬ってきました。

向いてない、圧倒的に向いてない。なのにまたこんなブログを始めてる自分が心底嫌になりながら書いています。


学生時代の演劇公演ごとに、強制的にやらされていた回覧板のようなものを抜きにすれば、僕のSNSデビューは3・11で、血眼になって安否確認したのを覚えてます。つまり、僕にとってのSNSは安否確認の手段であって、自分のつぶやきを誰かに聞いてほしいなんて、おこがましいし、恥ずかしいし、だってそもそも「大声でつぶやく」っていう言葉の羅列がちょっと違和感あるように、つぶやくって「小さく」とか「小声で」とかが前につく方がしっくりくるわけで、ということはそもそもつぶやくこと自体誰かに聞かせることを目的にしてないじゃん、と思ってしまうのです。だから、結果、大声でつぶやきたい、いやこれはつぶやきたいというより叫びたい”宣伝”しかしないようになりました。で、なんのためにやってんだろう、と、やめてしまう。。。


というのは半分ぐらい嘘です。


なんででしょうね、こんな僕にも、たまに、本当にごくたまにですよ、しゃべりたくてしょうがないときが訪れます。たいがい夜中、あとは大きなことが始まったり終わったり、すごくシンプルに感動したときとか、つまりSNSの術中に綺麗にハマっていく日があります。うまいこと人の心理をついた絶妙な機能です、あっぱれです。

で、僕の場合そういうとき、140文字ぐらいを4、5時間かけて練り始めてしまうのです。安否確認でも宣伝でもない、目的のない、ただただ純粋無垢に思ってるだけのことを人様に晒すわけで、いや、それが何かの作品とか、変な話お金になるならまだわかるけど、そもそもやる意味がわからないと思ってるから誰にどう思われるだろうなんてことが堂々巡り、そこまでして発する必要あんの?って思うけど、その時の僕は発さずにはいられないわけで、自意識が何周も空回りした文章が世に送り出されて、翌朝、後悔がこみ上げ、恥ずかしくなって消す、その中で消されない文もあって、それがアカウントに残っていくけど、何かのタイミングでああもうこいつ自体嫌い!(あ、自分のことです)ってなって闇に葬る。


で、また、どうしてもしゃべりたくてしょうがない日が訪れて、あくせくとアカウントを生み出す。。。もう、バカじゃないの!


そして、こんな文章を本当にありがたいことにここまで読んでくださった方はお察しの通り、それ、が、これです。

なので、全くもって期待しないでください。いつかなかったことになってしまうかもしれない文章たちになるでしょう。でも、曲がりなりにも何かを書くことを仕事にしようとしてるわけで、人様の前に何か書いたものを出さないとパンクしてしまいそうで、始めてみました。


いつかきっとまた、しゃべりたくてしょうがない日がくるでしょう。ここはその時のための避難所です。なので、矛盾するようですけど、読んでほしい欲は存分にありますが、そっとしておいてください。


ではまたいつか。


(川名)

CONTACT US

© 2017 by Tokyo Yako.